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滋賀県の女性経営者にインタビュー

2020.01.17

WRITTEN BY

りーしゅんライター

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滋賀県の女性経営者インタビュー 06|松崎悦子さん(株式会社EGS)

「落ち込んだ時、音楽が救ってくれた。いつでも音楽が傍にあった。」そう語るのは、株式会社EGS代表・松崎悦子さん。

びわ湖放送で流れる「ジンケンダー」のCMでもお馴染みの同社は、イベント企画・運営、映像制作・音楽・デザインコンテンツ等の広告・宣伝・販促物制作、地域コミュニティ支援等、幅広い業務を展開している会社です。

1999年、「自らを救ってくれた音楽の力になりたい。滋賀のアマチュアミュージシャンの実力を多くの人に知ってもらいたい。」熱い想いを胸に設立された、同社の基礎となる市民団体「EGSミュージックワーク」。

それから20年、多くのCMや音楽関連のイベントを手掛ける同社の活躍は、滋賀に住んでいる方なら誰もが目にしていることでしょう。

そんな株式会社EGSの魅力と同社の設立のきっかけについて、moa編集部がお話を伺いました!

穏やかな笑顔で出迎えて下さった松崎さん

取材当日、穏やかな笑顔で出迎えて下さったのは株式会社EGS代表・松崎悦子さん。

同社が立ち上げられた1999年は、今のようにYouTubeやSNSが発達しておらず、アマチュアミュージシャンが自らの音楽を広めることのできる手段はごく限られていたといいます。

同社の原動力は、松崎さんの音楽への深い愛情

そうした恵まれない環境の中でも奮闘する地元ミュージシャンに、ほぼ無償でCD制作や音楽を披露するためのイベントを企画し、その活動を支えてきた同社。

その理由は、松崎さんの音楽への深い愛情にあります。「幼い頃から気持ちが落ち込んだ時にはいつも音楽に支えられてきました。音楽を聴くと、気持ちが明るくなる。いつでも音楽が傍にあったんです。」

当時は流行りのフォークソングをよく聴いていたのだそう。また、「CDで聴くメジャーの音楽よりも、実際に生で聴くことのできる音楽が好き」だという松崎さんは、よくライブや道端で歌うミュージシャンの歌を聴きに遠方にでも駆けつけていたのだといいます。

26歳の頃に開業した飲食店

そんな松崎さんは同社を立ち上げられる以前は、システムエンジニアを志しコンピューターを専攻、銀行のコンピューターセンターで勤務されていました。

けれども体を壊し、20代半ばで退職されました。

「その後、何をしようかと考えていた時に思い付いたのが、生演奏ができる場所のある飲食店の経営でした。とにかくそういう人が、周りにいてほしかったんです。」

松崎さんが26歳の頃に始められたこのお店には、連日地元のミュージシャンが集まり、まさに無類の音楽好きである松崎さんにとって夢のような場所でした。

また、充分な練習場所が得られない地元ミュージシャンたちに大いに貢献しました。

「株式会社EGS」への軌跡

その後、1999年「滋賀のアマチュアミュージシャンにもっと活躍の場を与えたい。」と社員3名の頭文字を取り、市民団体「EGSミュージックワーク」を設立。

松崎さんを除く二名の社員も無類の音楽好き、内1名はボカロプロデューサーとして現在活躍されています。

当時はお店を経営されながら同社の仕事も行われていましたが、2004年、50歳の頃「本気でミュージシャンを応援するなら、お店を締めて会社の仕事に全面的に精力を注ぎたい。」と20年以上続けたお店を閉店、自身が一番やりたかった文化事業へと大きく進路展開を図り、社名も今の「株式会社EGS」という形へ改められました。

苦戦を強いられた当初

けれど、当初はなかなか軌道に乗らず苦戦を強いられていたといいます。

「県や市が所有している大きなホールやイベントで地元ミュージシャンを演奏させてほしいと営業するも、ほとんど門前払いで。

アポイントを入れる電話の段階でNGを出されてしまうことも多かったですね。大きなホールで演奏するのはクラシックなどのコンサートが主流で、そこに地元ミュージシャンのロックなどのジャンルは大きくかけ離れていたことが、主な原因でしたね。」

それでも「滋賀のミュージシャンの凄さを知ってもらいたい。地元の彼らを育てていくことの大切さを感じてほしい。」とめげずに訴えた松崎さん。

その間に大きな音楽イベントもいくつか開催されましたが、どれもその後の継続には至りませんでした。

折れそうな心を支えてくれた音楽

「とにかく聞いてもらわないと分からない。イベントをさせて下さいと必死に頼み込んでいたら、その姿がパネラーとして話題になり、テレビ番組で紹介されたこともありました。けれども当時は地元のミュージシャンの凄さを分かってくれる人がとにかく少なかったですね。」

当時を思い返し、苦い表情を浮かべられる松崎さん。

ですが、そんな松崎さんの折れそうな心を支えてくれたのも、やはり音楽でした。

「飲食店の頃に築いたミュージシャンとの強い絆に助けられましたね。真冬のステージや自分たちの名前も公表されないような場、音響設備も整っていないような場所など、どんな過酷な条件でもみんな嫌がらずに演奏してくれて。とても有難かったですね。」

「営利目的でなく、純粋に地元のミュージシャンを応援したい。力になりたい。」心から強く願う松崎さんの想いが地元ミュージシャンとの絆を強くさせ、さらに口コミによってその輪は滋賀県内で活動するミュージシャンの間へと瞬く間に広がっていきました。

次第に滋賀のミュージシャンの凄さが広まり…

こうした強い絆とミュージシャンとの豊富なネットワーク、松崎さんたちの熱い想いは徐々に多くの方へと伝わり、地元ミュージシャンが大きなホールでの演奏やイベントへ出演する好機に恵まれるようになります。

さらには、ホールでの演奏を聞いた関係者の高評価から、滋賀のミュージシャンの凄さが県内全土へと伝わっていきました。

こうした成功の要因には、YouTubeやSNSといった発信手段が無かったことから行われた、滋賀のミュージシャンを紹介する自社サイトの立ち上げや、
同社自主レーベル「BIWAKOrecord」からのCD制作時のミュージシャンへの資金援助もあったといえます。

取材中には、同社から出されている数々のCDも何枚かご紹介して頂きました。

中には、以前地元の野球予選試合を紹介するびわ湖放送の番組で流されていたオムニバスアルバムも。野球をテーマに複数のミュージシャンによって提供された楽曲が収録されています。

同社の最大の強みとは

さらには音楽を広く伝えていくための手段として、映像にも力を入れている同社。※画像は、同社で制作して頂いたおでかけmoaのCM画像です。

映像会社は県内にも多くありますが、同社の最大の強みは「企画・撮影・編集・グラフィック・アニメーション・CG制作」までを全てノンストップで自社内で制作しているところです。

びわ湖放送で流れるCM内に登場する、人権啓発を目的としたキャラクター・ジンケンダーも、キャラクターの立案からストーリー構成に至るまで、全て同社が担当されました。

時にはナレーション収録や効果音の制作も行われているということには、編集部もとても驚きました。

「何もないところから物を作るという仕事が中心なので、その大切なものをなるべく自社で完結させたいんです。そのほうがお客様の想いをぶれずに伝えることができますから。」

ユニークな経営方針

「映像は『伝えたい想い』を『伝わる形』に変えてくれるもの。終わりのないもの。」そう語る松崎さんに、これまでに手掛けられた映像の中で印象深かったエピソードをお聞きすると、「親子で鉄工所を営まれている会社の映像を撮った時に、作業されているお父様の姿を見て、息子さんがそのかっこ良さに気付いて下さったことがとても嬉しかったですね。」と微笑ましい表情で話して下さいました。

また「社員はアーティスト。創作活動の手段として、同社に所属している。」と語る松崎さんの経営方針はとてもユニーク。

「基本的には決まりは無いんです。最低限の8つの約束は掲げていますが、営業会議や朝礼もありません。また、8つの約束の中でも一番重きを置いているのは『真摯さ』ですね。これがあれば、お客様との間に間違いはおきないと思うので。」

クリエイティブな発想を産み出す現場かつ互いの信頼度の高さがあるがゆえの経営方針ですね。

今後の抱負・moa読者へのメッセージ

今後の抱負は、「今のスタッフがそれぞれの得意分野を伸ばしていってくれればいいなと思っています。それぞれが会社という枠組みにこだわらず、大きく羽ばたいていってくれればいいですね。また、地元の子どもたちが楽器と親しめるようにジャズバンドを立ち上げたので、そちらの活動もさらに力を入れていきたいですね。」

最後にmoa読者へのメッセージをお聞きしました!

「誰でも、好きなことは必ずあると思います。それを時間や忙しさを理由に手放してしまわずに、諦めずに持ち続けていて下さい。ちょっとした時間にでも、やれることはあると思うので、忘れずに持ち続けていて下さい。」

自らの支えともなってくれた大好きな音楽に突き動かされ、今日の滋賀の音楽の発展へと大きく貢献された松崎さんゆえの、素敵なお言葉ですね!

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りーしゅんライター

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